ブログde展示解説(?)、まずは当館ホームページで公開中の出品目録でいうところの25番、「脇指 銘 雷除 平安城藤原則道」からです。
(1番からとか、村正からとかじゃないんかーい!)
(完全に個人の趣味で選びました。)
この脇指は、簾刃や菊水刃風の技巧的な刃文が特徴的ですね。村正を見慣れた身には、いっそう華やかに感じられます。
この1振の何をご紹介したいかというと、「雷除」という銘について。どうして金属である刀剣に「雷除」と入れるのでしょうか? なんだか、雷を遠ざけるどころか呼び寄せてしまいそうな気がしますが。
そこで思い出したのが、平安時代に成立した歴史物語のひとつ『
大鏡』。
その中で、刀剣と雷を退けるというか鎮めることとが結びついたエピソードが語られているのです。
因みに『大鏡』がどんな作品かというと、
五男なのに藤原北家主流を生きた道長って本当に強運だよね、その栄華に至るまでの歴史を紀伝体の体裁で語っちゃうぞ☆
という感じ。
さて肝心のエピソードの主な登場人物(?)はふたり。
菅原道真と
藤原時平です。
道真は学者出身で右大臣まで出世した人。左遷先の大宰府で亡くなりました。死後、その祟りを畏れた人々によって神様として祀られました。雷と結びつけて考えられることがあります。(←雑な説明)
時平は、道真が右大臣だった時に左大臣だった人。(←さらに雑な説明)
道真が亡くなって、神様として祀られたあとのことです。
雷がひどく鳴って、宮中にも落ち掛かるのではないかと思われるようなことがありました。
その時、時平は太刀を抜き放ち、雷を睨みつけ、「生前も私の次の位だったのだ、神となったとはいえ、この世においては私に遠慮をすべきだろう」と大声で言ったとか。
ここでは、雷=道真、ということですね。
わー、時平ってば怖いもの知らず。
今上陛下のご即位にまつわる儀式の数々、まだ記憶に新しいことと思います。
皇位継承で刀剣といえば、三種の神器のひとつ、
草薙御神剣が有名です。
それ以外にも、皇太子のしるしである
壺切御剣などもありますね。
わが国に限ったことではありませんが、刀剣には王権の象徴という側面もあります。
そうそう、『大鏡』には、出家を思い立ち、けれど月の明るさに躊躇う帝に「神璽・宝劒が東宮のもとに渡っているのですから」と急かす某さんの話もありましたっけ。(花山天皇紀)
さて、時平が太刀を抜き放ってどうなったかというと、一度は雷が鎮まったのだそう。そのことを『大鏡』は次のように説明しています。
「されどこれは、かの大臣のいみじくおはするにはあらず、王威のかぎりなくておはしますによりて、理非をしめしたまへるなり。」(『大鏡』時平伝)
刀剣=王権の象徴という認識があるからこそ、天皇のご威光という発想が出てくるのでしょうね。
雷を切った逸話のある刀剣など、雷にまつわる銘や号を持つ刀剣は思いのほか多いようです。そう考えると、「雷除」と『大鏡』のエピソードには直接関係はないのかな、と思うのですが。菊文の刻まれた「雷除」を見ると、ちょっとそわっとしてしまいます。
結局、どんな由来があっての「雷除」という銘なのでしょうか。
そう言えば、桑名市にある
鎮國守國神社さんにも、「
鳴神」という銘の刀が納められていますね。
鎮國さんに祀られる定綱公や定信公……久松松平家の遠祖は菅原道真公だとか。
「鳴神」の由来は目貫が風神雷神だったからだそうですが、刀剣と雷と道真というところに、不思議な縁(?)を勝手に感じてしまうのでした。
※記事中の『大鏡』の本文は、角川ソフィア文庫(電子書籍版)より引用しました。
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