「このコラムもそろそろな…」という上司の言葉に
言論統制の気配を感じ始めたこのコラム。最終回になるかもれない第4回目は「ライト」です。これまで何度も調査調査と書いてきましたが、例えば調査先が個人宅や寺社などの場合、作品を見るには適さない、暗い環境だったりすることも多々ございます。私にはあまり経験はございませんが、調査先が旧家の土蔵とか天井裏とか床下だったりする場合もあるそうです。そんな話を聞いておりますと、「作品と一緒に見つからないかな、
鉄仮面を付けた所蔵者の双子の弟❤」などというメルヒェン(Märchen)な妄想にかられてしまいますが。とにかく、調査において作品がよく見えないままでは話になりません。そんな時に活躍するのがライトなのです。
他にもこんな使い方があります。調査の場において、作品を指さすことはあまり好まれません。誤って指先で作品を突いてしまい、損傷させてしまうこともあり得るからです。だからといって、他の学芸員と
「あの作品の下から2.57cm、右から4.28cmの部分に花が描かれていますね」「あれは顔ではありませんか?」「いえ違います、それは下から3.12cm、右から5.18cmのところにある顔で、私が申し上げたのは下から2.57、いや2.58cmの…」と言葉だけで説明しあうようでは隔靴掻痒。調査にも5年ほどの月日が流れてしまい、久々に自宅に帰ってみれば息子は見事な反抗期を迎え、既に
盗んだバイク(原付)で走り出していることでしょう。行く先も判らぬまま、そして宿題も終わらぬままに。
つまり、指をさす代わりに、ライトで該当する箇所を照らしてしまえば話も調査も早いというわけです。
少々話は変わりますが、
私は常々「モテたい」と考えております。ならば、学芸員のモテる所作としてライトの握り方にもこだわりたいところ。例えば図のように、逆手でライトを握ってみてはどうでしょう。その姿は
某特別捜査官ジャック・バウアーを想起させる侠気に満ちたものとなり、調査に立ち会った
ご婦人方のハートをわしづかみにすること間違いありません。あるいは、両手がふさがっている場合、ライトを口に咥えてみましょう。するとなんということでしょう。そこには
文系男子のイメージを覆す野性味あふれる漢の姿が顕現することに!ちなみに、腕まくりでネクタイを緩めておくと効果は二倍です。ただ注意しておきたいのは、発光部を口腔内に向けて咥えないこと。口腔内壁がライトで照らされ、頬をうっすらと発光させる奇怪な人物になってしまいます。いやそもそも、ライトを咥えると唾液がたれてしまうのでこれもご法度ではあるのですが。
さて、ここで某E青文庫の学芸員Mさんのご登場です。Mさんはカメラを含む道具全般にこだわりをお持ちの方。ある日一緒にお酒を飲みながら、上記のような愉快話をしておりますと、「私は普段から二本のライトを持ち歩いております」と、テーブルの上に二本のブツをゴロリと取り出して、「こちらのライトの色温度が絵画を見るのに適しているのです。そしてこちらのライトが彫像などに適した色温度の光を…」と、薄暗い居酒屋で時折「お品書き」を照らしながら解説されていました。この人警官に職務質問された場合にも同じように説明するんじゃないかしら、とMさんの恐ろしさを思い知った今日この頃です。
初出:『熊本県立美術館だより View』148号 2014年3月

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編集長より。
H田センセイの文章センスが遺憾なく発揮されていて相変わらず最高ですね。位置をセンチであらわすところなんか完全に落語ですもんね。ちなみにウチはライトはジオルクスを使っていたのですが残念ながら現在は生産中止。昔に比べてLEDライトは飛躍的に増えたので色々使っています。学芸員の研修とかでも意外と一番必要なのは「私が使っている調査用ライトベスト5」とかではないかと思ったりします。
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