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【桑名市博】そして展覧会の幕はひらく。【宣伝である】
こんばんは。桑名市博物館元職員のK.Mでございます。
緊急事態宣言も明日から全面解除!
メルマガでのお知らせは立て続けだとお邪魔かと、明日10月1日号で合わせて、ということらしいのですが、何はともあれ!
「没後20年記念企画展 小林研三 ―ヨーロッパに魅せられて―」開きます!!
あとには特別展の「本多忠勝と桑名」展が控えておりますので、閉幕は当初の予定どおり10月10日。わずか9日間の短期決戦な展覧会となってしまいましたが、よろしければぜひ、足をお運びください。
2階では「桑名ゆかりの洋画家」と「刀剣コレクション3」を開催です。

なお、六華苑では「前田研志の世界~くわなの面影~」展が始まります。
桑名市博物館の小林研三展の会期中、つまり10月10日までですが、相互で割引やプレゼントなどのサービスがあるそうです。有料の入館券/入苑券をもう一方の施設へ持っていくとちょっとお得に!(※当日のみです。)
この機会にぜひ、博物館と六華苑をお楽しみください。
(六華苑の前田研志展は10月24日までです。最後の2日間は「本多忠勝と桑名」と被りますね。)

桑名市の9月議会も本日閉会いたしました。博物館に関係するところでは、動画やオンラインでも展覧会をお楽しみいただけるような、新たな取り組みを行うための補正予算などが計上されておりました。どうやら無事可決したようですので、どのようなかたちで結実するのか、楽しみにしたいと思います。

気がつけば9月ももう終わり。ホームページにはまだ上がっていないようですが、既にお持ちの方もいらっしゃるようですので、広報くわな令和3年10月1日号から、「本多忠勝と桑名」関連の情報を少しだけお届けします!
中務正宗来ますよー!
黒糸威胴丸具足来ますよー!!
○国宝1点、重文3点含む約60件の出品です。
詳しくは広報くわな10月1日号をご覧くださいませ!!
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[2021/09/30 20:31] | 未分類 | page top
【亀山歴博】博物館と子どもとの橋渡し役 これきくんとまゆちゃん
亀山市歴史博物館には、博物館と子どもの橋渡しとして、いつも大活躍してくれるイラストがあります。

今年も夏の企画展示として開催した亀博自由研究のひろばで大活躍してくれました。

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 上がこれきくん、下がまゆちゃんです。

 平成24年度から26年度までの三ヶ年間の博物館と学校教育との連携事業(博学連携事業)の中で誕生しました。

 「これき」を強いて漢字で表せば「小歴」、「まゆ」を強いて漢字で表せば「繭」。どちらも歴史博物館そのものや、亀山市の歴史事象にちなんで名付けられました。「小歴」の「歴」は歴史とか亀山市歴史博物館の「歴」、これは何となく察せられますね。

 では、「繭」はなんでしょう。亀山市の歴史を紐解くと、いまの亀山市域には、明治時代の早い内に一つの製糸会社ができ製糸場で絹糸を生産しはじめました。それに続いてたくさんの製糸会社が製糸場を建てていきました。

 亀山市域のほとんどの農家では、製糸会社から卵を得て、蚕を育てて繭まで作る養蚕をし、製糸会社は、農家から繭を集めて絹糸に加工し商品にするという分担で生産していました。つまり、どちらも亀山の歴史にちなんでの名前なのです。

 これきくんも、まゆちゃんも、学芸員が亀山市歴史博物館や亀山市の歴史の事柄を子どもに伝えるときに、ある意味学芸員の通訳として、子どもにわかりやすく伝えてくれます。今夏の亀博自由研究のひろばでの活躍ぶりを一寸振り返ってみましょう。

 学芸員が説明するなら、こんな感じでしょうか。「尾崎隆さんとフレデリックさんが結婚しました」「二人は…結婚しました。」「冒険にチャレンジし、また体験する素晴らしさを家族で共有したいと願っていました。」

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 これきくんとまゆちゃんは、この学芸員の心の中の説明を、子どもが聞きやすく、読みやすく感じる言葉の響きに換えながら語りかけるように通訳してくれています。学芸員にとっては、とても有難い存在の二人です。

 これきくんとまゆちゃんは、展示だけでなく、市内小中学校での移動展示、出前授業や来館授業、博物館の玄関や、Webページでも活躍しています。

 これきくん、まゆちゃん、これからも、どんどん活躍して下さいね。館員一同より。

小林秀樹(こばやし・ひでき/亀山市歴史博物館)
*****
各館にも魅力的なキャラクターがいますね。それもまたミュージアムの魅力のひとつだと思います。
[2021/09/26 22:00] | 未分類 | page top
佐藤家文書展@石水博物館 へ行きたかった……
ご無沙汰しております、桑名市博物館元職員のK.Mでございます。
当館の夏の企画展「神社の来歴」開催中、新型コロナの感染者数が県内で急増したこともあり展覧会は急遽閉幕することとなり、9月11日から開幕の予定だった「小林研三」展は緊急事態宣言が9月末まで延長になって未だ開けず……しかも、会期、10月10日までの予定です。メイン展示を初めて担当する職員さんの頑張りを少しだけですが知っている身としては、どうしようもないものの歯がゆい思いで堪らないですね。
個人的には、緊急事態宣言の影響で結局斎宮さんと石水さんの展覧会観に行けなかったこともあって、新型コロナへの恨み骨髄です。県外のは諦めるから、せめて県内のだけでも行きたいな、と思ってたんですよ。えぇ。

ということで、今回は「私は石水さんの佐藤展行ってこれが観てみたかったのですよ!」というお話です。
いつまでもあると思うな展覧会。そんな自戒を込めて。



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[2021/09/23 21:27] | 未分類 | page top
【四博】収集癖・その3 キャラ系鉛筆
「鉛筆」はもちろん筆記具である。
字や絵が書ければ、その使命を100%果たす。

しかし、それに満足し切れない鉛筆が、いや人間の趣味がくっついてくるキャラ系鉛筆が存在するのである。

ちなみに私の収集した鉛筆コレクションを大雑把に分類してみれば、

<水性動物>  ペンギン、クジラ、水鳥、熱帯魚、イルカ、亀、シャチ、セイウチ、マンボウ・・等

<陸上動物>  熊、象、ライオン、キリン、シマウマ、犬、サイ、牛、羊、兎、豚・・等

<植 物>   サボテン、みかん、スイカ・・等

<ディズニー系>  ミッキー、ミニー、グーフィー、ダンボ、白雪姫、小人、雪だるま、サンタクロース、トナカイ、ツリー・・等

<ゲーム系>  マリオ、ヨッシー、ドンキーコング、パックマン、ゴジラ、ガラモン、ソニック、ブースカ、ポケモン、ウルトラマン等

<ご当地>  大仏(奈良)、桃太郎(岡山)、花娘と衛兵(岡山チボリ公園)、坂本龍馬(高知)、阿波踊(徳島)、茶摘娘(静岡)、新選組(京都)、猿ぼぼ(岐阜)、金シャチ(愛知)、伊達政宗(宮城)‥等

<その他、何かよく分からないけれど>
ノアの箱舟、ピカソの抽象彫刻、ラグビーボール、ダルマ、ワインクーラー、靴、竹コプター付帽子、角帽、飛行機、        怪談(口裂け女など3本)、ホイッスル・・等

実に多彩なものが、鉛筆の頭にくっついて大騒ぎ!

中には、頭にきしめんの丼が付いて、鉛筆本体がクネクネと自在に曲がるものや、堅い木なのに、あらかじめ捻って絡んでいる、いや結ばれている形の鉛筆も存在するなど、「単に書けるだけじゃない俺たち、私たちを、もっとよく見てくれよ」と主張しているように私には思える。

ご当地キャラ鉛筆
ご当地キャラ鉛筆

くねくね鉛筆
くねくね鉛筆

キャラ鉛筆
キャラ鉛筆

これらは、日本や海外各地の観光地や、美術館・博物館・動物園・水族館などのお土産屋さん、ミュージアムショップで買い求めたものばかりだ。

メジャーの時もそうだったが、人間って、他人を喜ばせるため、またそれを見て自分も喜ぶため、何か面白い仕掛けをせずにはいられない生き物らしい。

そんな人たちが残してくれたものを、私たちはアートとして、文化財として、もつともっと楽しみ、大事にして行こうよ

人生を豊かにし、次の世代へもその楽しさを伝えていくために。 

 (吉田 俊英 よしだ・としひで/四日市市立博物館)
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吉田さんも色々なものを集めてらっしゃいますね。鉛筆は仕事柄良く使うので、色々な種類があるのだなあと改めて思いました。(桑名市博物館 杉本)
[2021/09/19 22:00] | 未分類 | page top
【三博協】ミュージアムの中の人の履歴書 川口朋史さん(松阪市歴史民俗資料館)
―ご出身はどちらですか?

三重県の多気町です。

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地元から見える、年に数回雪景色になる局ケ岳(つぼねがだけ 1029m)。大好きな光景とのこと。

―どのような中学・高校時代を過ごされました?

中学はバスケ部でフォワードをやってました。高校は松阪高校で、少し家から遠いんですよ。自転車で15分バスで50分歩いて10分。

―それは遠いですね。

遠いってのもあるけど面倒くさい(笑)。それでも一応最初は顧問の先生に誘われたんでクラブに入ったんですけど、入部早々怪我をしてしまいまして。それでまぁ家も遠いというのもあってクラブは断念しましたね。

―高校生の時、将来な夢というか、職業というのは何か考えていらっしゃいましたか?

うーんとね。まぁこれはあの言うようなことじゃないやけども、まあ新聞記者ね。密かな考えではね。これはまぁならんでよかったと思ってるけども。

―今は取材される側になってしまいましたね(笑)。それで大学はどちらに進学されるのですか?

地元も三重大学やね。教育学部です。

―ご実家から通われたんですか?

通ったよ。四年生の一年間だけ下宿したけどね。卒論あるから。

―教育学部ということは教員を目指されたんですね。

そやね。理科好きやったから理科の先生になりたかったんです。なんでそやのに博物館におるんや、ってことになるんやけど。免許はそれでも社会ももってるんです。社会と理科、二つ取りました。二つ持ってると教員としても色々有利になると思ってね(笑)

―戦略的ですね。ちなみに初任地はどちらだったんですか?

海辺の方です。南伊勢町。最後は三雲中学校。松浦武四郎のとこね。校長で退職しました。最後にいた学校は実験校で面白いとこやったんです。当時はたぶん三重県でもなかったと思いますけど、一人一台タブレットを導入してね。色々な試みをやっていました。

―そして退職されてから歴史民俗資料館に移られるんですね。学芸員資格はお持ちだったんですか?

いや持ってへん。社会科の教員免許あったから行かされたんちゃうかと思うんやけど、やり始めてみるとハマったね。ハマったとか、面白いっていう言い方はアレかもわからんけれども、僕はどっちかと言うとはまると一生懸命するのよ。熱しやすく冷めやすいというか、どんどこどんどこ変わっていくタイプなんです。その意味で仕事としてははまったかな。

―ちなみに歴民の館長はいつからつとめられてるんですか?

5年目やから2017年からやね。教員やってて、学校現場から教育委員会とかいろいろ行きましたけど、県とか市とかも色々行かせてもらったんですがミュージアムというのはなかったんです。もっと行政ぽいことしてて。文化的なことはあまりしていないので初めてでした。素人ですけど、やってみると大好きな仕事になりました。相性が良かったんかなあ。
やっぱり年取ると地元の事に興味持ったりとか地域の歴史を勉強したりとか、比較的若い時は興味ないけれども、そういうのに興味持ち始める気が分かる気がするね。理科や化学よりもこうした地域の歴史の方が、知らないことを知りやすい。理科・化学は新しいことなかなか年取ってくるとしんどなってくるし難しい。そうやけども地域の歴史地域のことやったら僕しか知らんとか、そういうのがまだまだ転がってる。

―松阪はそういう意味では歴史的な資源が豊富ですよね。

それは地域ごとに色々とあると思うけどね。松阪はやっぱり自分と縁のある土地やからより深く知りたいというのはある。

―資料館の仕事をやってみて一番興味がある点について如何ですか?

今企画展をしているんですね。年に4回企画展をやって、あーだこーだやってるんですけど、それが私のミッションと言う感じなんです。どんな企画展をしようかとか、毎回しんどいし、まぁそれは自分の中だけの話なんやけど、作り上げていく過程が面白いなと思う。小さい館だけど、まあ皆さんに見てもらって喜んでもらって、入館者が増えたり反響があったりすると一生懸命やった甲斐があって嬉しいですね。学びの喜びを共有できるというか。
学芸員さんはもちろん学芸員以外の仕事はしていると思いますが、この仕事が本当に好きでやってる方だと思うんで、好きでやれるなら楽しいやろうなぁと思います。

―資料館についてPRをお願いします。

ウチは前を素通りされることが多いね。お城(松阪城)は行くけど資料館は、って言う。そこをなんとかしたい。寄ってもらう、ついでに入ってもらう、こっち来てもらう、そういう工夫ね。入った時には面白いなぁとか次も行こうかとかそういう風に思ってもらいたい。今度は2階が小津安二郎の関連展示になるので、ぜひ観光ルートに組み込んでもらって、お客さんに来てほしいですね。
また宣長記念館も近いですから、周遊で回ってもらえるような感じになればより良いと思います。

―立地は素晴らしいですからね、ぜひ色々回ってもらいたいですね。ご趣味は何かありますか?

最近は家庭菜園。休みの8割から9割ぐらいは畑にいるわ(笑)。コロナでどこも行けないのでね。最近だとスイカを収穫しました。11キロ越えのスイカが取れましたよ。狙ってたんです。後は釣り、ワイン、そうそうキノコの栽培もやりました。酒器も好きで集めています。音楽はここ半年竹内まりやをずっと聞いてますね。ハマってます。また変わると思いますけどね。僕は仕事以外に何か打ち込むものが欲しかったんです。皆さんあるでしょうけど。

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趣味の一つ、酒器の収集。たくさんありますね!

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ご自慢のスイカ。立派です!

―では最後に、ご家庭のパートナーについて一言お願いします。

妻ですか?地元の人です。もうそこまで。あとはノーコメントで(笑)

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川口さんのお話をもとに構成していますが文責はすべて筆者(杉本竜 すぎもと りゅう/桑名市博物館)にあります。
[2021/09/12 22:00] | 中の人の履歴書 | page top
【小津松阪】新人自己紹介と小津映画紹介
小津安二郎松阪記念館にて開催していた企画展「青春のまち松阪」は6月6日をもって無事終了しました。

小津安二郎松阪記念館
小津安二郎松阪記念館館内風景

ご関係者の皆様、ご来館いただいた方々に改めて感謝申し上げます。

この春、松坂城跡にございます松阪市立歴史民俗資料館の2階にオープンしてから早いもので6カ月近くが経ちました。

申し遅れましたが私はちょうどこの施設のオープンに合わせて松阪市に引っ越してきました岩岡と申します。
神奈川の大磯町からまいりました。

この度は歴民の川口館長に文章を書く機会をいただきましたので、自己紹介もかねて出身地である大磯を交えながら小津作品を一つ紹介致します。

そもそも小津安二郎の顕彰施設がなぜ松阪にできたのかということ、小津と松阪の関係については歴民館長が本年4月4日のブログで紹介しておりますので、ぜひご覧ください。

大磯町は東海道線で東京から1時間ほどの海辺にあるかつての宿場町です。

近代以降は新橋のステーションから汽車で通えたこともあり、政界でいえば伊藤博文、経済界でいえば松阪商人の代表 三井家の三井高棟(城山荘)などが執務室や別邸を設け、正宗白鳥や島崎藤村といった小説家も暮らしました。

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城山荘 館南側東方(『写真集 城山荘』より。画像提供:大磯町郷土資料館)


小津日記を読むと大磯に関する記述は女優の高峰三枝子や劇作家の高田保の名前と一緒にたびたび登場します。ハイキングに出掛けているのも印象的です。

さて今回、大磯との関係で紹介する小津映画は昭和7年(1932)に公開された『青春の夢いまいづこ』になります。

この映画は小津のサイレント期の作品であり、同年には『生まれてはみたけれど』という子供の世界と大人の世界、それぞれのルールの差から生まれるやりきれない思いが描かれた名作が公開されています。テーマ的にこの2作は共通するところがありますが『生まれてはみたけれど』で扱われていた子供と大人の構造が『青春の夢いまいづこ』では学生と社会人へと変わっています。

ストーリーの大筋は主人公の堀野(江川宇礼雄)と友人たちとの学園生活が描かれたのち、父の会社を次いで社長となった堀野が彼らを雇用することになって生じた悶着とその和解というものです。不況や失業といった1930年代の小津作品に共通する社会批判的な要素も見受けられます。

堀野は叔父によって縁談を設けられるのですが、好きな人がいるのでまったく興味を示しません。一度目は学生時代であり、父と共謀してコントを演じ相手の母娘を退散することに成功します。

社長となってから描かれた二度目はデート中に学生時代の思い人を発見して、相手を放って彼女のもとへ行ってしまいます。この縁談相手との車中の会話に「大磯の坂田山へでも行きますか?」と彼が言い「うれしいわ」と女が返すシーンがあります。

坂田山
大磯の坂田山

このセリフに特別な意味を見出すことは今では難しいのですが当時は違いました。

実は映画の公開された同年にその“大磯の坂田山”で若い男女のプラトニックな心中事件があったのです。これは話題を呼び、事件に題材をとった映画も公開されています。当時の観客はこのセリフを見て記憶に新しい出来事を思い出し、皮肉なことを言わせるものだと思ったでしょう。堀野からすれば心中するほどの気などさらさらないのですから。

堀野が縁談相手のことを拒否し続けることに変わりはないのですが、コミカルな対応の一回目に対して、さっさと相手を置いて女のもとに駆けて行く2回目は坂田山のセリフを含めて冷淡な印象を与えます。

学生の頃と同じような対人関係に焦がれる彼が、当時の想い人に接近する構図と合わせて学生パートと社会人パートの陰影を際立たせています。

『青春の夢いまいづこ』は社長として立場的に上に位置する主人公の目線から描かれるため、彼の叱責が従業員である友人に与えられた末に訪れる和解という結末にはわだかまりが残ります。それだけに青春の頃の朗らかなシーンが一層まぶしく記憶に残る映画です。

(岩岡太郎 いわおか・たろう/小津安二郎松阪記念館)
*****
ご寄稿ありがとうございました。ぜひ皆様もリニューアルなりました小津安二郎松阪記念館へお越しください。
[2021/09/08 22:00] | 未分類 | page top
【朝日歴博】「緊急事態宣言」対応について
この記事が掲載される日に2回目のワクチン接種に行ってきます。

子どもが2回目のワクチン接種の翌日に体調を崩していたので、少しビビっています
(子どもはモデルナ製で、私はファイザー製なので大丈夫だと思いますが…。)

皆さんは、ワクチン接種されましたでしょうか?

新型コロナウイルス感染症対策には、頭を悩まされています。

私が館長になってから2回目の「まん延防止等重点措置」が発令され、収まっていくかと思っていたら、「緊急事態宣言」が発令されました。
この記事を書いている時点まで、当館での感染者はいない状況であります。

これは、当館職員の普段の心掛けによるものだと、感謝しているところです。

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【緊急事態宣言に伴う休館のお知らせ】

現在、当館では博物館も図書館も休館しています。

県及び近隣の施設でも休館となっていますが、緊急事態宣言が出ている他県では、開館しているところもありますので、この対応が正解なのか、不正解なのかは分かりません。

「人流」を止める上で、やむを得なかったと信じるのみです。

今後もいろんな問題が荒波のようにやってくるかもしれません。

人生の舵取りは誤ってばかりですが、館運営の舵取りは誤らないようにしたいと思っています。

(片山 裕之 かたやま・ひろゆき/朝日町歴史博物館)
*****
三重県内でも多数の感染者が出ていますので、厳しい措置は致し方ないのかも知れません。また開館しているところもあります。
私は「開けるも見識、閉めるも見識」だと思います。
[2021/09/05 22:00] | 未分類 | page top
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