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【三重県博】展覧会を開くための大事な準備についてのご紹介(前編)
企画展を開く前に実施する業務と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか。

今日は企画展示室内や展示品を照らす照明の調整についてお話しようと思います。

展示室内の照明はただ点いているわけではない、ということをこのブログを読まれている方ならご存知の方もいらっしゃると思います。

展示する文化財が光に対してどの程度の脆弱性なのか、どこをどう照らして鑑賞者にきちんと文化財が観えるようにするか。

そもそも展示室内を明るくして開放的にするか、部屋の明かりを落として文化財が浮かび上がるようにするか。
「映え」を意識するならどう照らすかなどなど。

展覧会企画担当者と協議しつつ、資料保存の観点からどこまでなら希望する照明計画が対応可能かを検討します。

企画展示室では展示物に光を当てる方法として、大きく2つあります。

1. 展示ケース内の天井灯もしくは下からのライトを使う
2. 展示ケースの外からスポットライトを使う

1つ目のケース内照明については、ケース内に調光できる機構があり、実際の見え方や光量を調整します。基本的にすべての展示ケース内照明は統一させることが多いです。

その時に、「照度計」と呼ばれる機械を使用して、適正な光量であるかを測定します。

展示する文化財が光に対して弱い場合、展示ケース内の照明をあまり強くできないので、その際は展示室の明かりを暗くして、ケース内照明が暗く見えないよう調整することもあります。

また、展示ケース内の場所によっても明るさは変わってくるので、展示品を置く位置も調整する場合もあります。(画像参照)

展示ケース照明付近の照度
展示ケース手前の照度

展示ケース手前の照度
展示ケース照明付近の照度

(甲斐由香里 かい・ゆかり/三重県総合博物館)
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展覧会の照明には様々な工夫が凝らされています!皆様もぜひミュージアムに行かれた際は照明にも注目してくださいね。
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[2021/08/29 22:00] | 未分類 | page top
【海博】海の博物館のご紹介
今年度から三重県博物館協会の理事を務めさせていただいている鳥羽市立海の博物館の平賀大蔵といいます。

昭和28年生まれの67才、昭和56年から40年間、海の博物館で働いています。

鳥羽市立海の博物館を簡単に紹介させていただきます。

海博 外観

昭和46(1971)年、海の博物館は「海と人間のかかわり」をテーマに鳥羽市鳥羽1丁目に開館、今年(2021年)12月に開館50周年を迎えます。

昭和60年(1985年)、当館が収蔵する資料6879点が「伊勢湾・志摩半島・熊野灘沿岸の漁撈用具」として国の重要有形民俗文化財の指定を受けたのを機に全面移転を計画、平成4(1992)年現在の鳥羽市浦村町に新しい海の博物館を開館、平成29(2018)年からは鳥羽市立海の博物館として博物館活動を続けています。

現在、海の博物館に収蔵・保管されている実物資料点数は62000点を超え、その大半は「海と人間のかかわり」を伝えてくれる民俗資料で、三重県沿岸の漁村から収集されたものが中心ですが「船」や「海女」資料に関しては、国内はもとより海外から収集したものも多くあります。

収蔵庫A

展示場や特別に公開している船の収蔵庫の中でふれることのできる実物資料は3000点余り、未公開の収蔵庫にはその20倍、6万点余りの実物資料が保管されています。

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収蔵庫の「籠類」

資料の中でも「海女漁」、「磯の漁」、「突き漁」、「釣漁」、「網漁」、「捕鯨漁」、「壺筒籠漁」などの漁撈用具や「漁具製作修理」、「水産加工」、「水揚販売」などの製作加工用具は、漁師さんや鍛冶屋、桶屋、籠屋などの職人さんたちの手作りの資料がほとんどです。

特に「網糸」や「釣糸」は、麻や木綿、ワラなどの天然繊維のものが多く、「桶」や「樽」、「籠」は、さまざまな木や竹が材料となっています。

現在では、化学繊維やプラスチック類に駆逐され、年配の人たちしか知らないような日本人が長い海とのかかわりの歴史の中で使い続けてきた実物資料を保管しています。

(平賀大蔵 ひらが・だいぞう/鳥羽市立海の博物館)
*****
海博は私がミュージアム巡りをしていた中でちょうど1,000館目の節目の館なのでとても感慨深いところです。収蔵庫も趣があり素敵ですね。ぜひ皆様も鳥羽にお越しの際はCOVID19感染対策の上、海博さんへお越しください!
[2021/08/22 22:00] | 未分類 | page top
【鳥羽水】夏休みイベント「TOBAリンピック」開催中!
みなさん!暑中お見舞い申し上げます!

連日メダルラッシュで日本中を沸かせた「東京オリンピック2020」も無事(?)終了し、夏休みも残すところあと2週間余りとなりましたね。

ということで、今回はオリンピックイヤーにちなんで鳥羽水族館で開催されている、

夏休みイベント「TOBAリンピック~あつまれ!水中のアスリート~」(9月20日まで)

をご紹介します。

TOBAリンピックの主役はもちろん動物たち。暑さにも負けず全力でプレーするかれらに熱いエールをお願いします!!

1. 発見!生きものたちのスゴイ能力!!
「魅せろ!水中のアスリートたち!」
登場する動物と種目は「スナメリのサッカー」、「トドの高飛び込み」、「ペンギンの障害物競走」「ラッコのバスケットボール」等々。
真剣なまなざしの飼育係と、自由奔放な動物たちのギャップが超人気です。

写真1

写真2

2. 企画展示室での水槽展示
「あつまれ!す魚(ぎょ)い能力者たち!」
「タツノオトシゴの鉄棒」「テッポウウオの射的」「ピンポンパールの卓球」などタイトルを聞いただけでも気になる種目がいっぱい。中には「これってオリンピックに関係あるの?」と思われるような種目もあったりして…そこはどうかご勘弁を…。(笑)

写真3

写真4

3.謎解きに挑戦!!
「めざせ!なぞとき金メダル」
館内に設置された7つの問題をヒントをもとに解き明かし、金メダルをゲットしてください。大人から子供まですべての世代で楽しめるリアルなぞときゲームです。参加者にはもれなくオリジナルマスクを進呈します。

ということで、全国的なコロナの感染や、暑い夏がまだまだ続きますが、どうか健康に気をつけてお過ごしくださいね!! 

鳥羽水族館でした。 
(若井嘉人 わかい・よしひと/鳥羽水族館)
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暑い日が続きますと涼しげな水族館がうらやましくなりますね。感染対策実施の上、ぜひこの夏は鳥羽水族館へお出かけください!
[2021/08/15 22:00] | 未分類 | page top
【斎宮歴博】姫君の空間
皆さん東京オリンピックは見ていましたか?

普段、あまりテレビを見ない私も見ていました。

ソフトボールでは、宇津木監督と上野投手のハグの時には、涙腺が緩みました。・・・・感動、感動でした。

今年の秋には、東京オリンピック・パラリンピックや三重とこわか国体・とこわか大会が開催される「スポーツの年」にちなみ、斎宮歴史博物館では特別展として「斎宮平安五種競技 ~弓・馬・鞠・鷹・相撲~」を開催する予定です。(今回は予告だけです。)

写真①斎宮平安5種競技
①斎宮平安五種競技

さて、現在、博物館では、夏の特別展「姫君の空間 ~王朝の華やぎと輝きの世界へ~」を開催しています。(無料となっています。)

皆さんは「打出」という言葉を聞いたことがありますか?

「うちいで」と読み、御殿にかかる御簾(みす)の下から女房装束の袖や裾が見える状態のことです。平安時代中期以降、晴れやかな行事の際にその場の彩りや華やかさを演出する一つの手段として行われました。

平安時代中頃の装束は現存していないため、文献や絵画等を手掛かりに装束の復元を行った展示となっております。

写真②姫君の空間
ポスター

このほかにも、関連する源氏物語絵巻模本なども併せて展示していますので、この機会にぜひ、王朝の雅やかな空間を体験してください。

この暑い夏は、東京パラリンピックのテレビ観戦と博物館巡りで乗り越えましょう。

(大西宏明 おおにし・ひろあき/斎宮歴史博物館)
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暑い日が続きますが、ミュージアムの中はおおむね涼しいですので、感染症対策に十分お気をつけいただきつつ、夏休みの自由研究にも役立つ斎宮歴史博物館にもお出掛けください!
[2021/08/08 22:00] | 未分類 | page top
【宣長記念館】自由研究のすすめ
夏休みが来てしまった!

もしかしたら、多くの親御さんはそう感じているかも知れない。

そう!皆さんが毎年恐怖する、「自由研究」問題である。

この自由研究、大人でも苦手な人は多いようで、本居宣長記念館へ来られた方は、首をひねったり眉間のしわが濃くなったりしている。

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なっとしたら、ええんや~

確かに、「自由」といきなり言われると、なかなか難しいなぁ、とも思う。

大人でさえ分からないのだから、知識も経験も少ない子どもだけでいきなり「自由」といわれても、持て余すのは当然。

これはきっと、大人と子どもで協力して学ぶための宿題なのね、と勝手に納得している。

最近は、「自由研究」とインターネットで検索するだけで、学研、ベネッセ、サントリーとお馴染みの会社の学習サイトから、まとめサイトまでたくさん。

ブログ1-2
(写真:GakkenキッズネットHP 夏休み!自由研究プロジェクト|学研キッズネット (gakken.co.jp))

毎年、夏休みに入った頃に放送されるNHKの「自由研究55」も、実は大好きだ。

こういったものは自然科学や生物系の自由研究も多く、見ていて非常にワクワクする。

正直、よだれが出るほど羨ましい!

なぜなら、歴史人文系博物館は、文字だらけだからである!

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(『古言指南(こげんしなん)』稿本 本居宣長筆)

どれほど分かりやすく解説を書こうと心がけても、やはり文字史料を文字で説明することになるので、もじもじになってしまう。

しかも、文字に対する抵抗感というものがあり、一定以上の文字量になると、人は読まなくなってしまう。まさに、二重苦。

けれど、(学生のころはそこまで熱心ではなかったはずなのに、)最近は「自由研究って、おもしろい!」と思う。

数年前に本屋で偶然手に取った「自由研究のすすめ」みたいな本に、次のようなことが書いてあった。

自由研究は、①集める ②分類する ③考える、発見する が基本。

この間、7月11日に更新された四日市博物館・吉田さんの「デザイン・バーコード」の話などは、まさにコレだ!と目からウロコだった(じゃがりこ事件)

なんでも、集めてみれば、ゆかいな現象や疑問が見えてきたりする。価値も出る。

宣長に関しても、≪不思議≫は多いはずだ。

たとえば、『古事記伝』1ページを書くのに、どれくらいの時間がかかるのか。

興味のある方は、記念館へ来ていただいたら、複製のコピーを差し上げるので試してみてほしい。

ブログ1-4
文字列がまっすぐにならない。紙に文字が収まらない。字を間違えてしまった、とか。いろいろと問題が出てくるはずである。

また、朝元気な時間に写すのと、夜疲れ切った状態で写すのとでは、ミスの量も違うだろう。また、筆で書くので間違ったとしても、消すことが出来ない。

ちなみに、宣長さんは昼間医者の仕事があるので、仕事で疲れてから、夜いそいそと書いているのだが、驚くほど、『古事記伝』には字の誤りが少ない

そういったことを、想像したり推測したりしながら考えると、歴史はもっとおもしろい

パンフレットに書かれていることを切り貼りするだけでなく、「どうしてだろう?」と、疑問を持ってから博物館へ足を運んでもらうといい。

そして、分からないことは学芸員に聞いてほしい。だいたい、答えてくれる。(ただし、受け付けていないところもあるので、事前に電話で確認しておくのがベター)

ちなみに、テーマも疑問も持たずに行くのは、得るものが少ない上に、入館料ももったいないので、あまりオススメできない。

とりあえず、私は今年もちまたに溢れる自由研究特集をつまみ食いして、文系自由研究の可能性を模索したい。

もっと、楽しいアプローチがあればいいなぁ。

(西山杏奈 にしやま・あんな/本居宣長記念館)
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教育普及への想いを軽やかなタッチで活写していただきました。ぜひこの夏は感染対策の上、本居宣長記念館へ!
[2021/08/04 22:00] | 未分類 | page top
【松阪歴民】戦争について
前回のMieMuの守屋館長のブログのテーマが戦争であったこと、そして守屋館長が昭和31年生まれと同年代であったこと(;まあこれは余分!!)そして、鳥羽水族館若井副館長の最近戦争の企画展が少なくなったような気がするというつぶやきを目の前にして、自分の中で、何かの変化があり、急遽、戦争に関わる内容に差し替えることにしました、

私が、青春時代を過ごした戦後25年余りを経た1970年代、「戦争が終わって僕らは生まれた♫・・・」の歌詞で始まる「戦争を知らない子供たち」というフォークソングが、若者を中心に大ヒットしました。その頃、いわゆる戦争を知る世代が、国民の半数に満たなくなった時代といわれました。しかしそれから50年の歳月が流れ、空襲や物資の窮乏などの戦争体験のある国民は、10%に満たなくなり、実際に戦場に立ったという国民は、0.5%をはるかに下回るようになりました。まさに戦争のあったことが過去の歴史の一齣になりつつあります。ある意味、それは、日本では、戦争のない平和な時代が長く続いたという証左でもあります。しかし、世界に目を向ければ、多くの国で依然として、紛争、戦争の最中にあり、多くの人間の命が奪われています。

このような中で、昨年は、企画展「身近にあった戦争 ~失われゆく記憶~」を開き、本年度は、現在、館蔵品展「時代を語る 生活を語る 郷土を語る」の中で戦争関連資料を展示しています。ぜひ、このような展示を見ていただき、みなさんとともに、戦争のない平和な時代がこれからも続くこと、そして世界平和への願いを新たにしていけたらと思います。

今回は、現在の企画展で、特に私が興味深かった戦争関連資料を一部紹介します。

くじ札
〇 くじ札氏名票
氏名票にくじ札を張り付けたものです。徴兵(身体)検査に合格した者に対し、公平を期して、徴兵の順序を決定する抽選が、「抽籤徴兵署」で行われていました。くじ札には、兵士の職種と徴兵の順番(第一乙種、歩兵 23番目)が書かれていて、抽籤で引かれた氏名票が張り付けられました。しかし、太平洋戦争も半ばになり、戦況が悪化すると、このような抽選をする余裕はなくなり、多くの成年男子が戦争に駆り出されました

入隊諸事扣
〇入隊諸事控 
出征が決まり入隊する日まで日々を記録したものです。この中には、昭和13年(1938)5月16日午後2時、令状入手、6月1日午前10時、歩兵第33連隊(津市久居)に入隊とあり、昭和12年に始まった日中戦争に従軍しました。控には、餞別、出征の旗等の寄付の記録や親せき等の挨拶回りや内祝い、伊勢神宮参拝など入隊までの詳細な日程、内容が記されています。
〇第二次応召目録
昭和18年(1943)11月26日午後5時、中部37部隊へ入隊を命ぜられ、12月5日出発とあります。戦況悪化の中、入隊命令から入隊までの準備期間も身近く、また、生活物資も乏しくなっており、出征の式も簡素化されていきました。二度目の召集では、激戦のビルマ戦線に派遣され、昭和20年4月に戦死の報が届きました。

水筒1

水筒2
〇軍用水筒
水筒の表面に「西 小島」と二人の名前が見える。この水筒は、中国戦線で戦死した久居33連隊西准尉のものです。戦後、部下が遺品として遺族に届けられたものです。小島は、部下の名前で、復員の際、自分の所持品しか持ち帰れなかったため水筒に小島と自分の名前を彫ったということです。

空襲管制巡視
〇空襲管制巡視札
松阪市内の町内会で使われていました。灯火管制下、輪番で、夜間の見回りをしたものと思われます。
町内会は、昭和12年(1937)、日中戦争が始まった頃から組織され始め、金属回収や防火訓練など、戦時体制の維持に大きな役割を果しました。

(川口朋史 かわぐち・ともふみ/松阪市立歴史民俗資料館)
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この夏、お子さんたちがぜひミュージアムで戦争について学ぶ機会を得ていただければと思います。
[2021/08/01 22:00] | 未分類 | page top
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