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昨日は東海三県の博物館研究交流会でした
 昨日は東海三県の博物館研究交流会でした。
 昨年は、三重県が会場で協会の活動自体を議論する回となりましたが、今回は愛知県陶磁美術館で、地域に根ざした活動をしている事例紹介と、防災への取り組みについての二本立てで、愛知県博物館協会の研修会も兼ねる催しでした。
 さて、愛知県の博物館協会はHPにしっかりとした40年史を掲載しておられます。
 この40年史には、博物館協会主催による、合同展示会の先駆的な事例が掲載されています。昨年の東海三県博物館協会研究協議会では、H12年に行われたこの合同展示について発言があったので、愛知県博物館協会40年史をひもといたのでした。その文章は、田中青樹「「いこまい!!愛知のミュージアム展」顛末記」です。そこでは、H12の展示の前例として、1969年の「愛知の博物館展」と1970年「レッツゴーミュージアム展」について、その当時重要な役割を果たした広瀬鎮氏の著作の記述とともに記されていまた。
 その記述は広瀬鎮『博物館は生きている』(NHKブックスジュニア、1972年)の179ページから「手を結ぶ世界の博物館」「各地の博物館をつなぐ」という項目にあります。
 そこでは、愛知県東三河地方の資料館が手を結んで、東三河博物館施設協議会という組織を作り活動していること、それが情報センターとなることが示されていました。田中氏はその本の中で次のような広瀬氏の記述を引用してられます。

それぞれ植物園、動物園、天文台、水族館、歴史館、郷土館といった形で特色をもっているのですから、役割を分担し合って、それぞれの施設の欠けているところを助け合いながら一体となって活動しますと、ちょうど一つの総合博物館のような博物館活動ができるのです。

 一般に総合博物館と名乗っているところであっても、これらの機能をすべて併せ持っているところは皆無です。その意味で、どの館においても傾聴すべき点がある論なのかもしれませんし、いまだ興味深い論であるといえるかもしれません。
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[2014/10/18 06:24] | 行事報告 | page top
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