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みえの水族館(二見)
 現在、二見には二見シーパラダイスがありますが、戦前にも二見に水族館があったてご存じですか?
 二見シーパラダイスは、 前にも書きましたが、1966(昭和41)年発足の二見浦熱帯植物水族館が前身となって、その後二見夫婦岩シーパラダイスと改称して、現在も生き物と直接ふれあうことができる水族館ということで、好評を博しています。
 その水族館は、伊勢側から二見トンネルを抜けた場所にあります。ところが、二見の戦前の鳥瞰図(二見館など旅館が出した戦前の鳥瞰図)をみると、水族館は二見興玉神社の参道の入り口の橋からそのまま真南の方向。つまり、二見トンネルを抜ける前の山手にある様です。
 そして絵を見ると、水族館の前には橋が架かって、水族館としては二階建ての白い建物と、平屋の建物が東側に二棟ある様にえがかれています。そして、お城のような建物の西側にはロープウエー(二見浦旅客索道)がはしって山の上までつながっています。
 水族館は現在の旧道のトンネル(二見トンネル)の伊勢側入口付近に存在したようであす。
 このあたりは、賓日館さんに聞いてみるといいかもしれないですね。
 この水族館、実は戦後も存在していたようで、1956年2月末日現在の社団法人日本博物館協会会員名簿には二見浦水族館 三重県二見町江569 電話番号は二見浦168とあります(ちなみに、これは公刊されている組織単位の名簿ですので、個人情報では無いため掲載はだいじょうぶだろうとおもいます)。なぞは深まる一方である。『博物館研究』バックナンバーめくりをしてみるのもよいかもしれないなとおもわされました。現在その地番にはお土産屋さんがたっております。
 ちなみに、二見の観光について意外なところで記事がありました。多気町の郷土資料館の広報誌『悠』(はるか)です。この広報誌、地域の歴史に関する非常に細かいコラムを載せており、毎回楽しく読ませていただいております。今年発行のものに、二見のロープウエー関係の資料が多気の郷土資料館によせられ調査しましたという話がありました。ちなみに、多気の郷土資料館では、既に終わっていますが、企画展「グラフ誌のさきがけ ―読むより見る―」が7月10日(木)~9月21日(日)の期間行われていました。『歴史写真』や『歴史画報』等グラフ誌の先駆けとなった大正時代の雑誌を中心に紹介され、あの多気の展示室に所狭しとグラフ誌が並べられていました。その様子は圧倒的でありました。
 特に気になったのが、災害や事故の写真で三重県の様子が示されたもの。戦前の水害の様子の写真を、あまり見た記憶がない。また、参宮線の脱線事故の写真もありました。大正12年4月16日に下庄と一身田の間で保線作業中の現場に、列車が突っ込み、脱線し死傷者が出たという事故の写真。これも初めて見た。史料のめくりはしたことがあるものの、画像、絵画などのめくり、政治史以外のめくり作業はあまりされていないのではなかろうか。そんなことを思わされました。
 ちなみに、博物館の前史ともいえる、博覧会についても過去の展示で取り上げてられるのが多気町の郷土資料館です。多気の地元から出てきた資料にこだわりつつ、県内全域に関わる問題を渋く追究されておられます。
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[2014/10/12 13:03] | 未分類 | page top
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