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みえの水族館(昔あった水族館)
 水族館学の本をひっくり返してみえの水族館について以前レポートいたしました(ちなみに水族館学の本をてにいれたかったら鳥羽水族館の売店に売っているはずです)。その中で三重県水産試験場の水族室が取り上げられておりました。????と思っておりましたが、よくよく考えてみるといろいろ事業史は書かれているわけで、『三重県水産試験場水産技術センターの一〇〇年』(三重県科学技術振興センター水産技術センター、2000年)を読めばいいじゃないかと気づきました。この本ですが、海の博物館とエッセイストの川口祐二さんが協力してなった本です。なお、三重県水産試験場は現在三重県水産研究所となっております。

 少し話が外れますが、水産研と海の博物館のつながりは深いものがありまして、私も数年前水産研がおこなった研究集会でも海博の平賀さんが伊勢湾ののりの歴史的な話をされておりました。この研究集会は、海博の平賀さんの話の他に、漁協関係者の事業的なお話、水産研関係者の水産の実際的な研究の話があり、たいへん総合的なもので水産学の研究者だけではなく、私のような文系人間でもあるいは、事業者でも楽しく聞けるといって、研究の重要性をおろそかにしない奥の深い研究集会でありました。以前、職場のシンポジウムで大変お世話になった水産研の方も関係されておりましたので、職場の水生生物の学芸員に教えてもらい、気になって、私的にこっそり聞きに行きました。実は、私自身のり養殖が盛んな地域で育ち、親戚も海苔製造しており、シーズンにはおばあさんが働きに出て、学校帰りにはその海苔工場へよって海苔をベリベリはいで手伝った(遊んだ)思い出がありますので、地元民としても非常に興味深かったのです。
 さて、水産研究所の水族室ですが、『三重県水産試験場水産技術センターの一〇〇年』39頁には以下の通りございました。

漁業の重要性が増し、盛況一段と進むにつれ、水産試験場施設拡張が強く要望され、昭和3年(1928)冬に県議会は本場の新建築予算を承認した。昭和7年(1932)12月25日に新築場舎へ移転を完了し、業務を完了し業務を開始した。敷地は三千九十一坪六合で、その土地と総工費十一万三千百四十円のうち八万円も浜島漁業組合が寄付した。建物は研究室を中心とした本館が百九十坪〇五、倉庫が八十三坪五ほか、講堂、冷蔵庫、燻蒸室、製造工場、水族室、養魚池などほぼ整った施設規模になった。この本館は昭和五十八年まで使われた。

なお、水族室の写真も掲載されておりました。残念ながら、どの様な利用者があったかは書かれておりませんでした。
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[2014/10/11 09:20] | 未分類 | page top
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