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ものを集めることについてちょっと考えた~広瀬鎮氏の本から~
 このところ、個人コレクションを基盤とした秤乃館について2回ほど書かせてもらった。
 最近、博物館の連係について記述がある、広瀬鎮『博物館は生きている』(NHKブックスジュニア、1972年)という本をひもといた際、コレクションについて解説があり、大変面白く読めた。広瀬鎮氏は愛知県にある日本モンキーセンターの附属博物館学芸部部長と、この本の奥付には書かれている。のち大学へ転出し、1993年になくなられたということである。この本の冒頭は、コレクションの意味が具体的な事例をもとに説明されているのだ。
 「川原の石ころ集め」ではあるおばあさんが木曾の御嶽山に登ったときに拾った一つの小石を大切にしている話が、「美しい貝がらの魅力」では、子どものころからずっと貝を集め余暇をうまく利用し研究も深め自己実現を果たしている話が、「幼稚園児のコレクション遊び」では名和昆虫館が開催していた昆虫採集で、子どもらが“取る”“つかまえる”“コレクション遊び”のおもしろさを知る話、他には骨董集めや古書販売が販売だけにとどまらない奥深さを持っていること紹介しています。ちなみに、名和昆虫館が開催していた昆虫採集は、北勢の尾高高原が開催地だ。
 なお、話は全くそれてしまうが、尾高高原付近には三重県民の森があり、そこの指定管理者は、現在われらが三博協の特定非営利活動法人三重県自然環境保全センターであり、自然に親しむ活動を多く展開している。
 さて、広瀬氏の本に話を戻すと、コレクション形成の個人的動機やその様子を示したその上で、「見せたくないが見せたい」「みんなの宝を守る博物館」といった話を展開している。個人コレクションと博物館を直接つなげて話を展開しているため、両者の接点を考える上で欠かせない記載であろう。その上で、コレクションから博物館への転換点がどこなのかという話になってくるが、それは社会の役に立つようにするというところにあるようだ。
 といいつつ、三重県で展開しているような「まちかど博物館」は、そのあいの子の様な位置にあるようにみえる。このあたりの差異を明確・正確・単純に表現することは、実は私はあまり出来ていないようである。ある館の館長さんとお話ししていて、博物館のすべきことは何なのかという根源的な問いに絡んだ話に及んで、私のそれは露呈されてしまった。なにやら両者には大きな差異があるように思えるが、うまく表現が出来ないのである。これについて、明確に示している本があるのかも知れないが、博物館学初学者の私はあまりよく分かっていない。いまのところは、この記述を出発点として個人コレクションと博物館の自分なりの位置づけをぼちぼちと考えるべきかなと思っている。
 以前しるした、秤乃館のコレクションの話も含めて、今後折に触れて考えていきたい課題である。
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[2014/09/26 00:49] | 未分類 | page top
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