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志摩市歴史民俗資料館1周年記念企画展『円空さんと志摩』の近況
 志摩市の崎川館長さんより現在開催中の企画展の近況レポートがありました!!

 志摩市歴史民俗資料館1周年記念の企画展として、『円空さんと志摩』を開催しています。
 
 ※12月1日まで。 月曜と28日が休館日。入館無料

 オープン前から、早くも全国の円空ファンからお問い合わせをいただき、11月1日にオープンしました。
 円空さんが志摩に来たのは延宝2年(1674)、43歳の時だとされています。まず、志摩に来た円空さんは、片田で大般若経を修復します。その時に、大般若経の見返しに58枚の仏絵を描きました。その後、立神に移り130枚の仏画を描きました。このように、円空さんの絵が残っていることはほかの地方にはあまりありません。円空さんは、一般的に仏像彫刻で知られていることは、皆さんもよくご存じの通りです。美濃国(現在の岐阜県)に生まれたといわれ、生涯で12万体の仏像を彫ろうとして、北は蝦夷地(現在の北海道)から、南は大和国奈良吉野(現在の奈良県)にいたるまで、各地を行脚いたしました。特に故郷の美濃や尾張(現在の愛知県)に多くの仏像を残しています。
 特に注目してほしいのが、片田の絵と立神の絵の違いです。描かれている、仏さんの数がどんどん減っていて、立神では、最後に1体になってしまっているんです。ある研究者によると、この志摩での経験が仏像を彫る上でのターニングポイントになっている。彫り方が変わってきて、ある意味、志摩で 技法が完成されたのでは、と言われています。
 志摩に来る前と来た後を見比べるというのは、円空さんの熱心なファンならばきっとする見方です。皆さんも、ここで見た志摩の円空像を目に焼き付け、全国各地に散らばる円空さんの仏像をみるとまた違った見方ができると思いますよ。
【赤川一博さんによるギャラリートークの様子その1】
ギャラリートークの様子2

 今回の様に、円空さんのものを一同に介して展示するのは、志摩では初めてとなります。公開するのは仏像が4体と仏画が16点と、ちょっと数は少ないのですが、間近で見られますので、志摩にもこんなに素晴らしい物があるんだ、と思っていただきたいと思います。
 円空さんの仏さんは『ほほえみの仏さん』と世間で言われている通り、大変癒やされるんです。
 アンケートに
「五知の円空さんを拝見させていただきたいという想いが叶い、大変うれしく思いました。」
「円空さんの絵を初めて観ました。やさしい如来さんに心が癒されました。」
などの感想をいただいています。
 ぜひ、志摩市歴史民俗資料館へ癒しをたずねてお越し下さい。
【赤川一博さんによるギャラリートークの様子 その2】
ギャラリートークの様子1
志摩市歴史民俗資料館HP
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[2013/11/21 17:22] | 展覧会案内 | page top
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