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ミュージアムをゆく ~川越町郷土資料館~
あっという間に時間って経ちますね…。


…怖い。


既に集荷も始り、印刷物の準備も始まり、ぼちぼち怒涛の日々になりつつあります。

大定信展まであと2カ月。無事の開幕を迎えるために走り続けなければなりません。

さて、そんな中先日川越町郷土資料館にお邪魔してきました。これは決して現実逃避などではありません。

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郷土資料館は堤防沿いにあります。元病院の建物。事前予約制です。川越町のwinkと呼ばれる美人学芸員お二人が案内してくれます。

公式サイトはこちら

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入口です。なんか金田一少年の事件が起こりそうな雰囲気です。

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中は中央に通路があり、民具などが展示されています。

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裃などが斬新な形で展示されています。なかなかこんな展示はありません。いらっしゃいませー(C)柳原可奈子

・町娘にウケるなら「ちょい崩し」の着こなし裃
・”チラ魅せ“で差をつけろ!オシャレ印篭ベスト10
・明和三年恋を呼ぶ夏コーデ!

みたいなキャプションがあればもっと面白い←フザけすぎ

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おすすめは「オカマコーナー」

どんなマジーやIKKOやKABA.ちゃんかと思えば「お釜」。そういえば塩釜にはオカマ神社があってYさんの幸せを祈ったなぁ…( ´∀`)

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座敷もあります。27時間のさんま・中居の今夜も眠れないのセットみたいです。
2階は禁断の地らしく、撮影はNGとのことでした。こっそり見せてもらったんですが、それはなかなか…。
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[2015/06/07 23:09] | 未分類 | page top
おかえりなさい -資料返却
最近定信のことばっかりやな!と業界の姐さんに激オコされたので今日は別件バウアー(※1)を。

昨日は朝は人が少なかったので開館準備をして、人が揃ってから収蔵庫で夏に出品する狛犬の調査。
明和年間(18世紀後半)の彫が入っていたのでなかなか古いものだった。

これは夏休みの展覧会・桑名☆妖怪ウオッチングで出品される予定。

その後写真撮影。

15:00過ぎに返却便到着。業界の吉瀬美智子ことRさん到着。

R「お疲れ様です―お世話なってます」
S「あ、お疲れ様です」
F「どうもAHのFです、学芸会でお世話なってます」
S「あ、そうですね( ´∀`)ご無沙汰しております」
R「なんや自分全然痩せてへんやん」
S「えっ何が」
R「いやーMKBのMちゃんがSさんめっさ痩せはったでーといってたから『ほんまにー』とかゆってて」
S「こないだMKB行った時にゆわれたけど、まあ痩せたというより『やつれた』やで」
R「いや元気そうやん」
S「そんな元気じゃないよ」
R「いや元気やって」
S「元気ちゃうから」
N通「先生こちらで良いですかねー」

という訳で検品。お軸1本、状態も良いものだったので問題無し、無事返却。
状態チェックシートは資料台帳に綴じ込んでおいて、作品を収蔵庫に戻し、DBを更新して終了です。

その後当館館長とRさん・Fさんが挨拶され、少し情報交換してお帰りに。

貸出返却の確認は久しぶりに帰って来た自分とこの資料とゆっくり向き合う貴重な時間だなと改めて実感。

※1…ベッケンバウアーとはドイツ(旧西ドイツ)の元サッカー選手、サッカー指導者。リベロの元祖。この話題が出るとマテウスの愛人騒動か、ロバート秋山のマジ歌選手権の話をするかで語り手の人間性が問われる。
[2015/05/23 11:17] | 未分類 | page top
サダノブログ -定信公と愉快な仲間たち-
廣瀬典【※1】(白河藩校立教館学頭/教授)「ふぅー」
水野為長【※2】(松平越中守家臣/定信側近)「どったの台八っあん。殿【※3】に何か言われたの?」
廣瀬「『家中で一番成績悪い奴に猛勉強させて昌平黌行かせるのってよくない?』ってさ…」
水野「すまんオレが『ビリギャル』勧めたからだわ…(つд`)」


※1…廣瀬典(1768-1829)は白河藩士で儒者。名は典。または政典。通称台八、号は蒙斎。幼いころから秀才で昌平坂学問所(=昌平坂46のメンバー)に学ぶ。師匠は柴野栗山。宛行状(給与明細)が今でも残っている。
※2…水野為長(1751-1824)は江戸時代の田安家家臣・松平越中守家臣で定信側近。うわさ話を集める江戸時代きっての情報屋。定信より年長なので結構イジってくる。お父さんは歌人として有名な萩原宗固。塙保己一の師匠である。
※3…二人の主君にあたるあの人。日本史を代表する超有名人ながらわりと時代によって毀誉褒貶が激しいところがある。改革したので厳しいとかそういう強面イメージが強いがものすごい量の筆写を残していたり、昔の嫁に書いてあげた本を反古の中から見つけ出して「あの女性(ひと)が持ってたものだからな…これは捨てられないよ」みたいなことを識語に書いちゃったりするロマンティックが止まらないところもある。なんにせよ一代の傑物であることは間違いない。
[2015/05/10 23:56] | 未分類 | page top
サダノブログ
さて世間はGWですが、8月8日福島県白河市で開幕予定の『大定信展』の担当者のはしくれとしてはそんなものを気にしてはいけません(笑)

現在展覧会出品資料の最終まとめの真っさい中です。

出品期間が決まっているもの、台が必要なもの、桑名で出て白河で出ないもの(逆もまたしかり)さまざまな要素を勘案して展示構成を決めていきます。

特に今回の会場であります白河集古苑さんや桑名市博物館はケースが作り付けですのでそれにあわせた展示構成にせざるを得ません。

現状の構成では、

第1章 誕生 -田安のプリンス-
第2章 転機 -松平越中守家へ-
第3章 挑戦 -寛政の改革-
第4章 花月 -文化人として-
第5章 楽翁 -浴恩園での日々-

という感じで考えています。一生涯を通じて大名として、政治家として、文化人として様々な側面を持つ定信の魅力を幅広く紹介する予定です。

定信関連の資料群のうち、やはり見栄えがするものは絵や屏風なのでこれらは第4・5章に多く入る予定です。

写真は先日調査に伺った早稲田大学図書館です。

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入って右に展示コーナーがあり、館蔵の名品が展示されています。今回は早稲田の誇る雲英末雄先生(「きら」先生と読みます。俳諧研究の大家です)のコレクションが展示されていましたが中々に充実して素晴らしいものでした。

早稲田さんはこの他にも演劇博物館・会津八一記念博物館・125記念室といくつか展示スペースがあり、様々な分野に渡って展示が行われています。仕事柄多くの大学にお邪魔しますが、これだけ充実した博物館施設を一キャンパス内に複数持っているのは数少ないと思います。

※早稲田さんも定信に関係する貴重な資料をご所蔵で、今回の展覧会にも多大なるご協力を頂戴しております。
[2015/04/30 18:28] | 未分類 | page top
昔の加盟館(鳥羽にあった海洋パビリオンぶらじる丸)
 三重県博物館協会に加盟していた館で、残念ながら今はもうなくなってしまった館がいくつかあります。古い協会の会員館園総覧がありますのでそれを見ると載っています(また紹介しないと駄目ですね)。
 その一つが、鳥羽にあったぶらじる丸です。私も小さいときに、CMをみて、手を付けると髪の毛が逆立つ静電気の仕掛けなどがあるようで、いきたいいきたいと親にせがんだ記憶がおぼろげながらあります(まちがいだったらごめんなさい)。
 ぶらじる丸はその名の通り、船を利用したパビリオンでした。 
 戦後の大型移民船として活躍した、商船三井のぶらじる丸(2代目)は、1974(昭和49)年鳥羽市に曳航され、岸壁に固定されました。そして、海洋パビリオン「鳥羽ぶらじる丸」として営業を開始したのでした。鳥羽の観光の名所となったものの、平成に入り入場者の伸び悩みもあり、1996(平成8)年、所有者の商船三井が解体を決定し、中国へ曳航されたのでした。そして、その後の消息は消え、解体されたものと皆が考えていました。ところが、その後、2009(平成21)年1月27日付の朝日新聞に、「ぶらじる丸、生きていた、解体の予定が、中国で観光施設に」というタイトルで、ぶらじる丸が、中国南部の湛江(じんこう・ジェンジャン)で船内に海鮮レストランや、水族館、船の歴史を展示したスペースをつくり、現在も海洋パビリオン的使用をされているとの報道がありました。
 2009年からはや5年、現在はどうなっているかは分かりませんが、三重県の観光地を彩った一艘の船の行方の情報でありました。
[2014/10/19 07:53] | 未分類 | page top
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